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新垣渚が電撃トレード!なぜヤクルトへ?三輪田勝利スカウト事件のために・・・

新垣渚が電撃トレード!なぜヤクルトへ?三輪田勝利スカウト事件のために・・・

ソフトバンクの新垣渚投手(34)が、ヤクルトに緊急トレードで移籍することが19日、分かった。現在、内野陣が不足しているソフトバンクと、投手陣の立て直しが必要なヤクルトとの思惑が一致したためである。かつて、156キロのストレートを投げて、当時は「日本人最速投手」とまで言われた新垣がなぜトレードになったのか?

怪物・松坂大輔と並ぶ98年の甲子園スター

あの甲子園のスター松坂大輔のほかに151キロを投げる剛腕投手がいると話題になった。

沖縄水産高のエースとして出場した1998年夏の甲子園では、当時最速の151キロを記録した。1回戦で敗退という形になったが優勝投手の松坂大輔と同じくらいの高評価を得た。

ダイエー入団を希望。しかし新垣を獲得したのはオリックスだった・・・

新垣渚(当時18)は当然プロへの道を希望していた。そして彼はダイエー入りを待ち望んでいたことを公言している。98年のドラフトでオリックス・ブルーウェーブと福岡ダイエーホークスから1位指名を受けた。しかし、交渉権を獲得したのはオリックスだった。
98年のドラフトでオリックス・ブルーウェーブと福岡ダイエーホークスから1位指名を受けた。新垣は「ダイエーしか行かない」と言っていて、入団を拒否。その際、新垣渚の才能、実力を発掘していた三輪田勝利スカウトが自殺をしてしまった。もちろん、希望に沿わない球団からの拒否権を使うのは珍しくない。ではなぜ、三輪田勝利スカウトは自殺をしてしまったのか・・・

担当スカウトが自殺。当時18歳だった少年には考えられない事実

三輪田勝利さんは、あのイチローを発掘したスカウトとして知られる。三輪田は球団上層部に「新垣宅へ行ったものの(面会を)断られた」と報告したが、上層部は激情し三輪田を厳しく叱責した。新垣側と球団に板ばさみになり、心身ともに追い込まれてしまったために1998年11月27日に那覇市内で投身自殺をしてしまった。

労働省と神戸東労基署がこの自殺を「入団交渉をめぐる過重なストレスが原因」と労災認定するほど悲惨なものだった。

「新垣は人殺し」。周りからのヤジに耐えた

当時、高卒での入団は拒否し九州共立大に進学し、その後ダイエーに入団。12年間福岡一筋で投げ続けた。かねてからダイエー入りを希望していた新垣は初志を貫いた。九州共立大に進むとスピードは156キロまで達し、「日本人で最も160キロに近い男」と称されダイエーホークス(当時)に入団。2004年にはシーズン最多奪三振のタイトルを獲得。その年から3年連続で2ケタ勝利もマークした。

近年は怪我などもあり、成績は低迷

2007年にはシーズン25暴投、2008年には1試合5暴投という不名誉な日本記録を作る迷いから投球フォームも見失った。徐々に勝ち星から遠ざかり、ついに肩への負担が限界に達した。故障も経験し、2014年にヤクルトへ電撃トレードという形になった。新垣自身は、このトレードに対して「一からのスタートと思って頑張るしかない。失うものもないし、全力でぶつかりたい」と語っている。

プロ12年目の新垣は、今季一軍での登板機会がないが、通算60勝50敗、防御率3・82。しかし、今後ヤクルトでの登板機会は増えるだろう。「自分が活躍することが、最初に評価してくれた三輪田さんへの恩返し」と。

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